夢を目指した親子インタビューvol.1【プロバレリーナ内田千裕さん】
親子のメンタルコーチ®添田敦子です。バレエダンサーを夢見る若者のキャリア形成支援や、我が子が夢をもって進めるようにと願う親御さん達のメンタルサポートをしています。
私自身の2人の子どもたちが、“薬剤師”と“海外で踊るプロバレリーナ”という幼いころからの夢を叶えた実体験から、子どもの可能性を伸ばすためには、サポートする親御さんの心構えが不可欠であると強く感じています。
その実体験を元に、コーチングとキャリアカウンセラーの専門知識を加え、独自のメソッドとして提供しています。
さて、私の体験以外に、親のサポートをテーマとして、実際に夢を叶えた親子の声を集め、お届けして参ります。ご自身やご家族、周りのお友達など、経験者の声を聞いてみたい!そんな思いをもつ方々のお役に立てれば幸いです。
今回は、シンガポール唯一のプロバレエ団「シンガポールダンスシアター」でプリンシパルをつとめる内田千裕さん親子をお招きし、小さい頃からのバレエレッスンの様子、楽しかった事、苦しかった事など、親子2人3脚で歩んだ道について、親御様の視点を中心にお話しを伺いました。
内田千裕(うちだちひろ)さん プロフィール
3歳より、地元栃木県佐野市のクラシカルバレエアカデミーS.O.Uでバレエを始める。
2001年7月「埼玉全国舞踊コンクール」奨励賞を受賞。同年8月「アジアパシフィック国際バレエコンクール」入賞5位と出光興産特別奨学金を受賞し、オーストラリアンバレエスクールに3年間スカラシップ留学。
2005年、シンガポール・ダンス・シアターに入団。プリンシパルとして、白鳥の湖、眠りの森の美女、くるみ割り人形、ドンキホーテ、ジゼル、ロミオとジュリエット、シンデレラ、コッペリア、パキータなどの古典をはじめ、バランシン作品の主役を踊る。
バレエを始めたきっかけ
親子のメンタルコーチ®添田敦子(以下、添田):千裕さんがバレエを始めるきっかけは何でしたか?
内田千裕さんのお母さん(以下、内田母):千裕が立って歩くようになった1歳頃から、音楽がかかると踊っていたんです。「これは、バレエを習わせよう」とお教室に連れて行きました。
実は、私は器械体操をやっていたのですが、バレエを習っておけばよかったと感じたことがありました。どうも、幼い時に母がピアノかバレエか、習い事についての希望を聞いてくれたようなのですが、その時にはよく理解していなかった様なんです。もしお教室に連れて行ってくれていたら、と。
そこで、自分の子供には、何でも関心のありそうなことをやらせてみて、どれか1つを選んでも良し、何かに絞らなくてもきっと将来に役に立つはずだと考えました。書道やエレクトーンも習わせていましたが、最後に残ったのがバレエでした。
添田:初めてバレエ教室に行ったのは、千裕さんが何歳頃のことでしょうか?
内田母:2歳半で行きました。バレエの先生が、「この子はおむつが取れてますか?」と聞くぐらいの時です。
添田:まだ赤ちゃんから幼児に差し掛かるぐらいだったんですね。お教室はご近所だったとか、何か決め手はありましたか?
内田母:はい、最初に尋ねたバレエ教室の先生が、ご主人の転勤でお引越しされることになり、ご紹介頂いたのが藤田先生でした。
添田:なるほど、ご縁ですね。
内田母:その時は3歳頃でした。
レッスンのペースと、勉強との両立
添田:レッスンは週に何回ぐらい通われていましたか?
内田母:幼稚園の時は週1、小学校低学年で週2、Aクラスになってから週3回。本科に進んでも週3でした。
添田:1週間毎日びっしりレッスンに通う子もいますけど、ムリなく週3ペースだったのですね。
内田母:さすがに高校受験との両立は心配したのですが、千裕は両方頑張ってみたいと、週3ペースでレッスンをしながら続けていました。受験が終わったら存分にレッスンに集中しても良いからと、受験を早く終わらせるために推薦入試を受けたりもしました。
添田:勉強との両立はどうされていましたか?
内田千裕さん(以下、内田):「勉強をちゃんとしないとバレエはやらせない」と言われていました。
内田母:勉強はちゃんとやって貰いたかったんです。その当時は、まだバレエで生活できると思っていませんでしたから、そんなに一生懸命にやらなくても良いんじゃないと感じていました。当時、千裕は「お医者さんになりたい」と言っていました。バレエで身を立てていくとは言っていなかったですし、親も思っていなかったんです。親子共々、バレエに対しては無欲でしたね。
添田:そうだったんですね。私の所にご相談に来る親御さんの中には、お子さんがもっとやる気や向上心を出して欲しいというお悩みを持つ方もいます。今はご活躍されている千裕さんでも、初めからやる気満々だった訳ではないというお話を聞けば、きっと「もっと欲を出さなくては。やる気はあるの?」と焦っている方には励みになりますね。
内田:その当時は、ただバレエが楽しかったんです。地元で4人一緒にバレエ教室に通っているお友達がいたんです。曜日ごとに、それぞれのお母さん達が送り迎えをしてくれていて、ずっと皆で一緒に行動していたかったのに、私だけコンクールに出るようになったり、練習時間が伸びたりして、みんなと一緒に帰りたいな、と思うぐらいでした。
内田母:本科のお姉さんたちは一生懸命にやっていますし、コンクールの練習の為には居残りもするような熱心な教室だったのですが、そういうつもりは当時全然なかったんです。それが今では、プロバレリーナですからね。
添田:千裕さんは、ただ必死に練習していただけではない、というのが面白いですね。
それに比べて、幼い時から、ものすごく練習する子もいるじゃないですか。それこそ疲労骨折をしてしまうぐらいに。
最近の傾向でいいますと、日本はバレエコンクールがとても加熱しているようですし、たくさん練習している子が多いのですが、受験もさせたいということでバレエと学業との両立でお悩みの方も多いです。
今、頑張っている子とその親御さんに、何かアドバイスはありますか?
内田母:先ほど千裕も話していましたけど、ちゃんと勉強をしてね、と伝えておりました。ムリないペースでやるのが一番ではないでしょうか。
添田:それを考えると、千裕さんの週3回の練習ペースはムリなく両立できそうですよね。
内田母:そして、夜10時ごろに、ちゃんと寝ていたので身長も伸びたのかなと思います。
添田:身長おいくつですか?
内田:164センチです。
添田:重要ですね、163センチ以上。
その事を考慮して、レッスン計画と学業、健康維持のためにもムリは禁物、ということですね。
海外留学のエピソード
添田:千裕さんは高校1年生の時にオーストラリア・バレエ・スクールに留学をされましたが、その時のエピソードをお聞かせいただけますか?
内田:1年生の時に習った先生がロシア人講師で、言う通りに一生懸命習っていたのですが、バランスをするにしても上体が前で骨盤も前に出て結構アーチで踊っていたんですよ。骨盤をちゃんとリフトしていない。2年生になった時に間違っている所を直されたのが少しショックでしたね。
添田:正しくはどのような状態でしょうか?
内田:もちろん、骨盤が真っ直ぐで、尾てい骨が真っ直ぐ向いている状態です。前かがみになると後ろに向いちゃいますからね。それに応じて立ち方も違ってきます。
添田:日本人の生徒さんは真面目ですから、先生の言う通りにレッスンをしてしまいますよね。でも、海外のバレエスクールは学年ごとに先生が替わりますから、正していただけて良かったですね。
予期せぬ怪我を乗り越えて
添田:現在は、シンガポール・ダンス・シアターに所属され、中学生のころとは打って変わって、趣味はバレエというぐらい、毎日レッスンに励まれていると聞きます。そんな中、怪我をされてしまったとのことですが、どのように克服をなさったのでしょうか?
内田:はい。リハーサル中に転倒し、右腕を骨折してしまいました。その後6か月間休業し、リハビリに励みました。
添田:手術は、シンガポールで受けられたのですか?
内田:いいえ。日本に帰国し、中学生の頃からお世話になっている先生の紹介で、関節専門の病院にて、手術を受けました。
添田:毎日踊るのが楽しくて仕方がない時期に、長期のリハビリを強いられるとは、さぞお辛かっただろうと思います。リハビリはいかがでしたか?
内田:1キロもある重りを載せての腕のリハビリは、とても辛かったです。
内田母:骨が砕けてしまっているので、ボルトが1本入っていました。元通りに踊れるようになるのか、とても不安でしたが、リハビリの甲斐があって良かったです。医師もまた踊れる様になるとは思っていなかったそうです。
内田:海外のダンスシアターに入団して、嬉しくて楽しくて、とにかく一生懸命に全力で踊っていましたから、力が入りすぎてしまっていたのかも知れません。この怪我をきっかけに、初心に帰り、バランスの取れた生活をしようと思いました。
添田:良い医師に巡り合って、回復されたのは何よりです。怪我によって痛い思いをされましたが、生活を見直すきっかけになったのなら、結果的に長いプロバレリーナ人生を送るにあたって、良い経験だったのかもしれませんね。
内田:休業中に、何か別の勉強をして資格を取ってはどうかという提案もあり、学んだりもしていました。
内田母:手術は成功しているんだから、先生を信じて頑張りました。なにしろ利き腕を骨折しているので、シャンプーをするにしても不便なのです。身体も大きい子どものお世話は、結構大変でした。
内田:ありがとう、本当に。母には感謝しています。家族の支えもあって、必ずまた踊れるようになると信じて辛いリハビリにも耐え、また復帰することが出来て、とても幸せです。
夢を追いかける子どもの親ができること
添田:お話をお伺いしていると、千裕さんの意志の強さが伝わってきます。おっしゃる通りに、家族の支えが不可欠だったのではないかと思います。親は、怪我を替わってあげることも、代わりに踊ってあげることもできませんが、とにかく応援するしかないですよね。
この記事を読まれる様々な方が、我が子への応援の仕方を聞きたいと思うんです。内田家ならではの、「私流の応援の仕方」があれば教えていただけますか?
内田母:そうですよね、親は応援することしかできません。あとは、レッスンの送迎と、続けるための資金を確保すること。私が工夫していた事は、とにかくコミュニケーションを取ることです。
内田:オーストラリアに留学している時には、毎日お手紙が届きました。
内田母:あの時はまだメールを使いこなすのがやっとの頃だったんです。
添田:Skypeは使いませんでしたか?
内田母:Skypeもたまに使いましたね。とりあえずお手紙を送り続けました。毎日、次々に出していました。メールに慣れた頃には、「頑張ってくるね」という千裕のメールを毎日楽しみにしていました。
メールが前の物からどんどん消えてしまうという事を知らなくって、大事なメールを失くしてしまったんですよ。それからメールをノートに書き続けていまして、大学ノート21冊目なんです。最初は千裕と私と分けて時系列に、ページを「何日の何時」と書いておいて分かる様にしていました。
内田:まだ書いているの?LINEだよね?
内田母:LINEに連絡方法が変わっても、前の名残でまだ書き写しているんですよ。
もう22冊目に突入しますね。海外留学をしてから数えてね。
添田:内田家の応援サポートの仕方は、まめに連絡を取る、という事ですかね。
内田母:千裕は「頑張って」、という言葉が好きなんですよ。公演で忙しくしている所申し訳ないなと思うんですけど、シンガポールに私が行っている日でも、朝に「頑張ってね」と送ってしまうんです。
添田:頑張ってね、という言葉は受け取る子によって、プレッシャーに感じるか、励みになるのか違うかもしれませんが、千裕さんは、受け止める力を持っているんですね。
内田母:本当にそうですよね。お子さんによってもタイプが違うと思います。
添田:私の所に相談に来られる方は、なんて声をかけたら効果的なのか、ピンと来ていない方もいます。なぜ子どもによって受け取り方が違うのか、という「その子への理解」とコミュニケーション能力こそ、大事だなと感じています。
千裕さんは、現地の生活で周りの人とのコミュニケーションも必要ですよね。心がけていることはありましたか?
内田:留学中は、3年間、同じファミリーにホームステイしていました。英語を話すのが好きだったので、留学前から英会話教室に通って備えていました。
行ったばかりの時には、英語をしゃべる恥ずかしさや文法を間違う怖さがあって、話したくないと思う事もあり、なかなか言葉が出なかったのですが、次第に慣れました。英語の経験があったおかげで、他の友達に比べると苦労は少なかったかも知れません。
積極的に、ホストファミリーともコミュニケーションを取る事によって、留学生活も楽しむ事が出来ましたね。ホームステイの経験も良かったなと思っています。
海外でのオーディション
添田:オーディションでも、絶対英語は必要ですからね。海外のオーディションは何か所ぐらい回りましたか?
内田:7か所ぐらい回りました。卒業公演の時に疲労骨折をしていて、オーストラリアで治して向かいましたから、オーディションの時期は既に終わっていたんですが、一応回ってみようということで、ヨーロッパに行きました。
内田母:卒業公演の前にアクシデントがあったんですよ。応援に日本から先生がお越し下さったのですが、「千裕の足はどうしたんだ」と言われたんです。
内田:心配をかけたくなくて、ママにも言っていなかったんです。
内田母:足が痛いとは聞いていたけど、疲労骨折とは聞いていなくて。
千裕は出てきた瞬間に大泣きしましたね。先生にも言えなかったんです。それから遅れてオーディションに行ったんですよね。そんなアクシデントもありました。
内田:今振り返れば、いろいろ乗り越えてきたなと思います。バレエを続けることって、技術どうこうよりも、もっと得るものが多いです。心も鍛えられているような気がします。ですから、バレエはある程度根性がないと出来ません。
添田:最近はバレエ教室も多いですし、習っている子ども達も多いです。ですが、受験をきっかけに辞めてしまう子も多い様です。
内田さんのように、バレエを週3回で、ムリなく勉強と両立して続けていくことに意味があるんですよ、と、バレリーナ親子のための講座ではお伝えしているんです。バレエを通じて、いかに社会に通用出来る力をつけるかということ。一生懸命になれる事こそ、有効活用すると良いですよと。
はた目には順風満帆に見えたとしても、怪我をした時の、対応能力が身につくなど、「メンタル面」で鍛えられるとお聞きして、すごく納得しています。
いつまで踊りたいですか?
添田:内田さんはご結婚もされたという事で人生の転機を迎えていると思います。今後、いつまでバレエを踊っていきたいですか?
内田:分かりません。ずっと踊っていきたいと思っているんですけど、そうもいきませんし。
添田:踊っている子たちの年齢や国籍的にも、ずっとそこにいることが出来る訳ではないので、その後の事を考えていく必要があると思います。この先、どのように生きていきたいですか?
内田:教えはしていきたいです。いつかお教室を持てたらいいのに、と思うんです。
添田:シンガポールのお教室事情はどうでしょうか?
内田:増えてきています。プリンシパルとして踊ってきたというキャリアは、シンガポールでは強いと思うのでやってみたいという気がしています。
添田:シンガポールでは、シーズンでワークショップをやったり出来そうですか?
内田:出来そうです。プロのうちにどんどんやっていきたいですね。
添田:ワークショップだけではなく、ディスカッションができると良いですよね。
内田母:親御さんたちが話を聞きたいと求めているんでしょうね。
添田:一生の事を考えたら、留学は一つの目標で、次には就職。結婚、出産などと、どう豊かに生きていくかという事を追い求めたら、ゴールはないじゃないですか。
内田母:難しいですね。
添田:これからバレエダンサーになりたい子ども達には、夢を叶えた先輩としての経験談として背中を押して頂けるお話が伺えました。
千裕さんご自身は、バレエとこれからの人生について考えていく時になりそうですね。これからも応援しています。お話を聞かせて頂きありがとうございました。
親子のメンタルコーチ®、キャリアカウンセラーが提供するサポート
内田千裕さん親子のお話はいかがでしたか?
夢を叶えた先輩プロバレリーナと、彼女の才能を幼い時に見出して支えてきたお母様の体験談をお届けしました。
親子のメンタルコーチ®ルピナスでは、お子さんの夢を、夢だけで終わらせないために必要な事や、ご家庭で出来ることについて、楽しく参加型ワークショップやディスカッションを行っております。また、バレエダンサーの夢を叶えた後の、「セカンドキャリア」のご相談もお受けしています。
お話をうかがった内田千裕さんも「これから」を考えてバレエを続けているように、現役バレエダンサーはセカンドキャリアを考えながら「今」を過ごすことが大切です。そういった場合の相談できる環境を提供しているところは他にはありませんので、私達サポートチームが力になります。
あらゆるスポーツにおいて、一生懸命やった後、何をしてきて、どんな力がついて、
そこから何に興味を見出していくのか。キャリアをどう活かしてアピールしていくのかなど、相談を受けられるのがキャリアカウンセラーでもあります。
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